- 寺門は本多葵。当山は総本山身延山久遠寺直属の中本寺の寺格を有し、身延山筆頭直末の寺とされていました。
摂津大阪宗門寺院の中で初めて神詞勧請がなされ、戦前は参詞者を数多く集め、庶民門前市をなす賑わいでした。
しかし、昭和20年の大阪空爆で七面伽藍・境内1160余坪が灰燼に帰し、その後、戦災都市復興計画により境内地縮小され、昭和42年にほぼ現在の寺観に修復。昭和56年、戦後二度目の本堂を再建、身延山第89世法主より拝名を賜った堂内墓地『身延谷町浄苑』等を併設、堂宇荘厳を有し、身延直末の名に恥じない復興を、日々精進しております。
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